通貨の歴史を辿ると、「前の仕組みの限界を乗り越えるために、次の仕組みが生まれた」というパターンが繰り返されている。そして新しい仕組みには、必ず新しい問題がついてくる。
このシリーズでは、物々交換からステーブルコインに至るまでの流れを3回に分けて整理する。第1回は、物理的な「モノ」が通貨として機能していた時代について。
物々交換 — 最初の取引手段
通貨が存在する以前、人々は持っているモノ同士を直接交換していた。魚を持っている人が穀物を欲しければ、穀物を持っていて魚を欲しい人を探す必要がある。
この仕組みの根本的な問題は「欲求の二重一致」と呼ばれている。自分が相手の持っているモノを欲しく、かつ相手も自分の持っているモノを欲しいという状況が揃わなければ、取引が成立しない。
小さなコミュニティであれば成り立つが、取引の相手や品目が増えるにつれて、この制約は深刻になっていく。
メリット
- 仲介者が不要。当事者間で直接取引が完結する
- 信用や制度に依存しない
デメリット
- 欲求の二重一致が必要で、取引機会が極めて限られる
- モノによっては保存がきかず、交換のタイミングも制約される
- 価値の尺度が統一されておらず、魚1匹と穀物の交換比率を毎回交渉する必要がある
商品貨幣 — 共通の「モノ」を介在させる
物々交換の限界を解消するために登場したのが商品貨幣。貝殻、塩、家畜、布など、多くの人が価値を認めるモノを交換の媒介として使い始めた。
これにより、欲求の二重一致の問題が緩和される。魚を塩に交換し、その塩で穀物を手に入れるという間接的な取引が可能になった。
メリット
- 欲求の二重一致に縛られず、取引の柔軟性が大きく向上する
- 広く受け入れられている商品であれば、見知らぬ相手とも取引できる
デメリット
- 保存性の問題。家畜は死に、塩は湿気で劣化する
- 分割性の問題。家畜を半分に割って支払うわけにはいかない
- 品質のばらつき。同じ「貝殻」でも大きさや種類が異なれば価値の判断が難しい
- 持ち運びの制約。家畜や大量の塩を遠方に運ぶのは現実的でない
金属貨幣 — 耐久性と分割性の獲得
商品貨幣の弱点を補ったのが金・銀・銅などの金属。腐らない、均質に加工できる、必要に応じて分割・統合できるという特性が、通貨としての要件を満たしていた。
やがて国家が金属の重量と純度を保証する「鋳造貨幣」を発行するようになり、取引のたびに金属の重さを量る手間も省かれていく。
メリット
- 耐久性が高く、長期保存に向いている
- 分割・統合が容易で、さまざまな金額の取引に対応できる
- 鋳造により品質が標準化され、信頼性が向上する
- 金属自体に希少性があり、価値の裏付けとなる
デメリット
- 重い。大量の金属を持ち運んでの遠距離取引は負担が大きい
- 鋳造権を持つ権力者による改鋳(金属の含有量を減らすこと)が繰り返され、通貨の価値が意図的に下げられることがあった
- 金属の産出量に通貨供給が制約され、経済の成長に通貨が追いつかないことがある
- 偽造のリスク。鋳造技術の発達とともに、精巧な偽造貨幣も現れるようになる
この時代の共通点
物々交換、商品貨幣、金属貨幣に共通するのは、通貨の価値が「モノそのもの」に根ざしていたこと。塩には塩としての用途があり、金には金としての希少性がある。誰かの約束や信用に頼る必要がなかった。
しかし、経済規模が拡大するにつれて、物理的なモノを移動させること自体がボトルネックになっていく。この制約を突破するために、人類は「モノの価値」から「信用の価値」へと大きく舵を切ることになる。